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chapter.03

そんな生活の中で、夫は尿結石で入院。

痛みで転げまわる夫を救急車に乗せながら思った。

カメラ忘れた、と。

夫の入院を撮影した「幸福論」〜幸せな時にシャッターはキレない〜(1998年)

は、ひとつぼ展に入展。

この時あたりから、セルフポートレイトよりは、家族を撮影することが多くなってきた。

娘の食事シーンや、夫の何気ない表情など、日々のたわいないスナップ。

これ以降、何とか写真に関係する仕事に就けないかと、現像所などでアルバイトをしながらブライダルスナップを

教わり、フリーカメラマンとして、仕事を少しずつ増やしていく。

そして、10年ぶりの妊娠出産、第2子誕生。

記録した。

妊娠できたという出来事を家族ごとで撮影した。

膨らみかけたお腹を、まだ見ぬ我が子と娘との2ショットを・・・

 

 

10年ぶりの妊娠がもたらしてくれたものは、子宮頸部のガン発見と、かれが最後の妊娠になるという事だった。

「無事、産めるかどうかわかりませんよ。」

個人病院の老医師は、私の太ももを撫でながら言い放った。

何を言っているのだろうか、この老医師は。

怒りよりも、何よりも無事出産できるのだと確信していた。

その後、周囲の進めで転院。

大学病院の婦人科へ即入院。出産へ向けてできる限りのその時点での病理摘出。

臨月に入りかけた頃には、お腹の子は男子であるとはっきりし、名前も即家族会議にて決定。

名付け親は、姑だった。産まれる前から名前の決まっていた息子は、3868gと大きく丈夫に誕生。

分娩を支えて下さったナースさん達から、息子は高橋ベビーという一般的な呼び方ではなくて、

産湯につけてつけてもらいながら

「◯◯ちゃん」付けで呼ばれていた。

私は、病室に三脚を立てた。今やっと、愛おしいと思える。この身体を撮影した。

もちろん、生まれたての息子も、生後2日目には、母と共にカメラの前にいた。

 

 

 

 

〜京都 二条城南 女性写真家 高橋貴絵写真事務所 マタニティ ブライダル 家族写真専門家〜